カンボジア人の妻、日本の小学校を参観する【北海道・札幌】
私の実家は北海道・札幌市です。
毎年、カンボジア人の妻を連れて一時帰郷しています。
小学校2年生になる私の甥の授業参観に行ってきました。
日本の小学校の授業風景を初めて見る妻。
さて、どうなるでしょうか。
友達に自慢したいのか、「この中にカンボジア人がいます。だれでしょう」と周囲にクイズを出す甥。
この日まで数日間ほど髭を剃っていないせいか、みんなから私が指をさされる。おいおい!
担任の先生が教室に入り、国語の授業が始まりました。
今日の授業は、「もののようすをあらわすことば」。
例えば、「雨が( )ふっている。」 の、( )の中に入る言葉を考えようというテーマ。
ぽつぽつ、ザーザー、星のように輝いて、たくさん、等々自由に生徒は答えます。
様子を表す言葉には3つあり、言葉の響きで表す、程度で表す、例えて表す方法があることを学びました。
(参観日だからだろうか、積極的に発表する生徒たち)
授業が終わると、日直が「これで国語の授業を終わります。起立・礼・着席。」と進行。
国語の授業はこの日の最後の授業でした。
黒板の文字を消す係や、翌日の授業計画を書く係が手際よく進めるなか、ほかの生徒は帰り支度を始めました。
日直が前に立ち、帰りの会(懐かしい・・)を進行します。
「今日一日で頑張ったことを発表してください。」等、日直から複数の議題を提示し、生徒が自主的に発表。
「先生からのことばです」と司会し、担任の先生からの挨拶の後、「みなさん、さようなら」を全員で挨拶。
懐かしい気持ちで見ていましたが、妻にとっては日本の子供たちの基礎力の高さが衝撃的だったようです。
この後、先生との懇談会があり、パソコン教室や図書室の見学、生徒が冬休み中に作った自由研究を見ました。
(休み時間は体育館で鬼ごっこで遊ぶ子供たち)
日本の教育は素晴らしいと思いますが、全てを手放しで称賛できるものでもありません。
かつてのゆとり教育の失敗を反省し、詰め込み教育に戻っていると聞いたことがありますが、年間の授業時間は
削減されたままだとすると、短期間に詰め込みきれない授業内容は塾などで補完したりするのでしょうか。
家計にとっては追加出費です。
所得格差が教育格差によってもたらされるカンボジアと、教育格差が所得格差によってもたらされる日本。
所得格差と教育格差が鶏と卵の関係なら、どちらも由々しき点として意外にも共通していると言えます。
CDL代表
北海道札幌市生まれ。22年間、厚生労働省などで勤務。2012年、カンボジア人青年との偶然の出会いから、能力・スキルに見合った仕事につけない人がいることを知り、カンボジア人に職業を紹介するビジネスを決意。
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